2022年11月09日

玉ねぎ植え完了

  今日は、玉ねぎ苗200本の植え付けが終わりました。午前中に苗を買いマルチに穴をあけ、午後から植え付けをしていると夕方になっていました。人気の園芸店は、連日売り切れで三回目で買えたのです。ひとり、ボチボチと畑仕事をしていると散歩の人が話に来られます。「清子さん、渋柿くれる人ない」と聞かれ「知らんな」これで渋柿のある家を聞かれたのはふたり目です。必ず甘柿、渋柿の問い合わせには岐阜のお千代保稲荷をお勧めしますが「行ってられん」と言われます。「近くで」と言われると愛知川の農協の野菜売り場をお勧めしますが、今日は「行ってるが売ってない」と言われました。いやあ。農協の苦情までは知らんがなと。思わず「入荷したら電話してと頼んだら」と答えました。本当言うと渋柿は、みーちゃんちにありますが、言うと私に「貰って来て」と言われそう。私は、必殺仕掛け人の何でも屋のおかよさんになっていました。
posted by kiyoko at 19:47| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年10月31日

孫の知恵

  今日も里芋を掘ると大きなお子芋が付いていました。先日、小4の孫が「お祖母さん、ママはお祖母さんのおかずを貰っても冷蔵庫にずっと入れぱっなしで食べずに捨ててるよ」と言われショックを受け、ママに聞くと「食べてるよ」との話でした。
 孫は「近所に里芋とイカを炊いて持って行ってるが、皆は迷惑をしてる」とも言っていました。翌々、ママに「なぜ孫は言うのか」と話をしていると分かりました。孫は、里芋が嫌いなのです。ねばねばが苦手で口がかゆくなるとの事。ママから「お祖母さんの野菜の煮物を食べい」と言われるのが嫌で私に作って持って来るなと言うことでした。学校給食は我慢して嫌いな物も食べてるようですが。
posted by kiyoko at 21:53| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年10月23日

里芋と信仰心

  次の畑の植え付けのために里芋を少し早いのですが掘り起こしました。里芋を見ると思い出すことがあります。今は、コロナの影響で中止になっていますが、お寺のお講の時におみそ汁が振る舞われます。当番がおみそ汁とお漬物を用意し、お参りの門徒がお弁当にご飯を入れて持参し本堂で、皆が食べるのです。
 今の時期には、近所の門徒の方がまだ小さい里芋を掘って皮を剥き湯がいて持って来られていました。「清ちゃん。直ぐに使えるように里芋を用意したからお講のお味噌汁に使って」と毎年我が家に持って来られていました。「まだ、小さく掘るのにはもったいない」と言うと「お寺用におじいさんに里芋を多く植えて貰ってるから。今の時期のお芋は美味しい」と毎年、願い寺への信仰心で作っておられました。
 今年の私の里芋作りは初めて美味しいのが取れ、イカと里芋を煮て近所の信仰心の強い方に持って行きました。「清ちゃん。昔の亡きおじいさんの話を喜ばれ、清ちゃんに持って行っていた里芋の話も覚えてる。大昔の話やな。」そうです三十年近い前の話ですが、そんな思いで皆はお寺の当番をしていたのです。今は、信仰心が篤い方も世間の情報が入らず何にも知らない状態になっています。お寺にお参りに行かないのではなく行けなくなっている高齢者の生活の変化を支えるのはどうすれば良いのか。若い世代の人から、うっとしがられてもおしゃべりに行くのが良いのか里芋煮を手に悩みました。
posted by kiyoko at 22:34| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする